伊勢本街道保存会活動報告

伊勢本街道保存会活動報告

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「伊勢本街道保存会」 第二回作業

 秋も深まりつつある平成21年11月7日(土)・8日(日)、第二回目となる保存会の活動が実施されました。今回は2日間に渡って街道整備作業が行われました。両日とも、晴天に恵まれ、予定していた以上に作業がはかどりました。

 初日の7日は、石割峠、山粕峠、櫃坂峠と、3つの峠で、9名で作業を行いました。作業に赴く前に榛原駅近くのあぶらや辻であぶらやさんの外観を見物。更に、高井の千本杉にも立ち寄りました。千本杉は江戸時代の絵図にも紹介されており、当時から伊勢本街道の名所のひとつに数えられていたようです。

 密植された杉のそれぞれの株が、成長するにつれて癒着した連理材形式の巨木で、全体の目通りは約25メートル、樹高約30メートル。元株からは16本もの枝幹が伸びています。主幹の樹齢はおよそ500~600年ともいわれているそうです。

 井戸杉といって、杉の根元は昔は井戸になっており、井戸にたまった水を飲むと難病に効くとの伝承があったとか。ただ、今は空井戸になっており、雨水が多少はたまるようですが、湧水は出ていない様子。根元から少し離れた所に別の井戸が掘ってあるようでした。

 この千本杉、実はすぐ傍の津越家の敷地内にあるそうで、津越の奥様がおひとりで落ち葉を掃いたり、掃除をしたりしているそう。巨木はもちろん、周辺一帯の木々の手入れもしなければならず、大変ご苦労されているご様子でした。今後は保存会で少しでもお手伝いできるようにしたいと思っております。

 津越家はこの辺りの山持ち庄屋さんの家柄で、大和屋根の立派な家屋を構えています。街道は今は津越家を見上げるように下から回り込んでいますが、江戸時代には津越家の屋敷の庭先を通っていたようです。今も、千本杉の脇から津越家の庭に抜ける道が残っています。

 津越家を辞した後、午前10時頃からこの日の作業に取り掛かりました。前回は自明地区の笹藪で奮闘しましたが、今回整備したのは峠道となっている林道。秋という季節もあって、前回のように行く手を阻むような深い雑草や藪もなかったため、使用した作業道具は、枝切りばさみと簡易のこぎり、鎌のみ。

 道の脇の草を刈ったり、垂れ下がっている枝を切るといった作業が中心となりました。二度目の作業で比較的慣れてきたこともあったのか、今回は比較的ゆったりした気分で、景色を楽しみながら作業を進めることができました。

 今回特に目立ったのは、先日の台風の影響と思われる落石や、倒木。大きな石や、根こそぎなだれ落ちてきた杉の木が、道お真ん中にごろんと転がっていてたり、遮断機のように道を封じていました。石はそのまま下に押し落としましたが、杉の木の撤去には少し工夫がいりました。

 山下会長が事前に役場に問い合わせをしてくれていたのですが、倒木とはいえ持ち主がいないとも限らないため、むやみにのこぎりなどで切り刻むことはできないとのこと。そこで、数人がかりで木をずり下げ、ずり下げしながら、道から外すようにしました。

 また、腐ったまま他の木に倒れ掛かるようにして、かろうじて立っていた木もありました。これはそのままにしておいて自然に崩れ落ちるのを待つべきか、今倒してしまうべきか、しばし議論になりました。

 結局、会長判断で倒してしまうことに。倒れるのは時間の問題だし、いつ何時、この木の下を人が通るか分からないから。木はほとんど虫に食いつくされて、中に少し芯が残っている程度。山下会長が何度か蹴ったり揺らしたりして倒しました。

 ただ、木を倒す時はよほどの注意が必要らしいです。倒れた際の反動で、木の根元が跳ね返ることがままあるのだそうです。特に、まだしっかり根を張っているような木は、木の先に紐をつけて引っ張るなどしないと、大変危険とのこと。山林作業での怪我ほほとんどが、こういった作業中に起こるのだと、定江さんがおっしゃっていました。

 今回の木は既に根もなく、問題ないという判断の下、撤去されました。判断できる人が不在の時は、こういった危険な作業は避けた方が良さそうですね。

 この朽木を撤去した際、かわいい森の住人に出会いました。灰茶色のリスです。どうしたことか、腐った木を倒そうとしたら、急に姿を現したのです。もしかしたら、木の中に木の実を隠す秘密の場所があったのかな?

 杉林の中にリスがいること自体、不思議な感じがしましたが、周囲を見渡すと、確かにどんぐりなどがたくさん落ちていました。杉の木だけでなく、実のつく木も周囲にあるようで、もしかしたら、この日はちょっと杉林の方まで遊びに来ていたのかもしれません。びっくりさせてしまったようで、ごめんなさいね。

 1日目の作業は14時半頃には終了。今回の作業では、今後の課題となるべきいくつかの問題が浮上しました。行政やその他の団体が設置してきた道しるべが数種類あるのですが、矢印の方向が間違っているものや、壊れかけたまま放置されたものがある上、街道全体を通しての統一性に欠けるため、道がかえって分かりづらくなっている箇所がいくつかありました。

 今回の作業中、伊勢本街道を伊勢方面に向かって歩いてきた男性の方に出会いましたが、その方も、道しるべが不案内で道を間違えて大回りをしてしまったとおっしゃっていました。保存会では今後、合計300個ほどの道しるべを設置していく予定です。同じ会のものがずっと道先を案内していれば、街道を旅する人たちにとっても心強いのではないでしょうか。

 沢にかかる丸太の橋は、壊れかけたものがあり、危険でした。また、沢の近くは冬から春にかけて凍結しやすいため、何かしらの対策が必要だろうと感じられました。その他、トイレ休憩のできる場所の案内についてなど、話し合われました。自分たちで歩きながら整備していくと、何が必要かが実感できます。実現の難しいこともありますが、可能な範囲で対策を講じていきたいですね。

 作業が予定していたよりも早く終わったため、一同で御杖村の名所をプチ観光。春日神社のシンボルの大銀杏は、葉が筒状にくるりと巻くことから、通称「ラッパ銀杏」と呼ばれているそうですが、残念ながらラッパのような形の葉は見つけることができませんでした。筒状になる季節があるのでしょうか。枝の先の方はだいぶ黄色くなり始めていましたが、見ごろはもう少し先、11月後半とのことです。

 菅野の集落の駒繋橋(こまつなぎはし)も見物。倭姫命が伊勢へ向かう途中、この橋のかかる西川の袂にあった杉の木に馬をつないだという伝承が、橋の名の由来だとか。橋の傍らには「左 いせみち 是より宮川へ十五り 右 はせみち」と刻まれた道標と、天保3年(1832)建立の「太神宮」常夜灯が。西川に沿って下ってきた街道は、この橋を右手に見ながら道標・常夜灯のある角を直角に左折します。

 その後、倭姫命ゆかりの四社神社、御杖神社に参拝。御杖の地名そのものもそうですが、この辺りには倭姫命にちなんだ旧跡が多いです。

 駆け足ではありましたが、御杖観光が終わった後は、今夜のお宿「まつや旅館」さんへ。保存会の協力者にもなってくれている御杖村の旅館です。お風呂で汗を流した後は、心づくしのお料理が並べられ、お疲れ様会兼親睦会兼宴会に。各自自己紹介をして、街道に対する思い入れなどを語り合いました。

 今回初参加の増本さんが、昭和59年に伊勢本街道を歩いた際に撮影された写真を持ってきて下さったのですが、これがとても貴重で、当時の「まつや旅館さん」や、街道の様子が写されていました。「まつや旅館さん」も、思いがけず昔の写真を頂いて、とても喜ばれたご様子でした。

 私はこの日は宿泊せず、お食事だけ頂いて帰りましたので、翌日の作業の様子などはご報告できませず申し訳ありません。8日の様子は、御杖村の小田さんのブログ『非公式! 御杖村だより』(http://m-info.seesaa.net/article/132353970.html)をご参照下さい。日本ユネスコ連盟の視察や、新聞社の取材もあったそうです。

IMG_9289.JPG高井の千本杉
IMG_9294.JPG津越家屋敷前で奥様を囲んで記念撮影
IMG_9305.JPG石割峠への登り口付近。台風で旧道は川状になったようで、悪道が続く
IMG_9326.JPG山道の街道にはみ出した笹や灌木を刈りこむ
IMG_9331.JPG石割峠だけに、割れて崩れ落ちた石も至るところに
IMG_9465.JPG倒木の撤去作業
IMG_9417.JPG様々な団体が設置した伊勢本街道の道しるべ。中には矢印の方向がおかしなものも…
IMG_9423.JPG沢にかかる朽ちかけの丸太橋
IMG_9485.JPG春日神社のラッパ銀杏
IMG_9498.JPG道標と常夜灯のある駒繋橋の袂で、街道は左に折れる
IMG_9592.JPGお疲れ様でした!@まつや旅館 (画像はクリックすると拡大表示されます)